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言葉の花びら

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桜ラインを夢見て!!

      <桜ライン311>にかける皆様の思いを・・・


阪神淡路大震災発生から18年。その大震災の惨状が私の脳裏に今も鮮明に

記憶されている中に、東日本大震災が発生しました。


東日本大震災は、地震だけであったなら被害程度は格段に違っていたかもしれません。


けれども地震発生直後に巨大津波が発生したために、そこに住んでいらっしゃた方たちの

尊い命、財産、思い出、そして大切にされてきたご先祖様までも津波がのみこんでしまった

その惨状は全ての人々の脳裏に強烈に焼き付いているのではないでしょうか。


巨大地震発生直後から、「一分、一秒でも早く復旧、復興を・・・」と願う人々の気持ちは

直ちに、日本全国から世界の国々から、義援金や支援の輪となって広がっていきました。


義援金は夏を越え、秋になっても多くの方から寄せられ続けていましたが、

何処から始めたらよいのか分からない惨状だったからでしょうか、

動かない復旧、復興に多くの方々が苛立ちや絶望感を抱いているような気が致しました。


私も、ささやかでも義援金を送って参りましたが、福島の原発事故なども含めて

被害は甚大で又、広域であったからでしょうか、なす術がないまま

空しく時間が流れているような思いにとらわれてしまいました。


そんな中で、私はその年の11月ごろでしたか、

「陸前高田市津波到達点上に桜を植樹して、後世に伝え残したい」と思った方達の

取り組みを紹介されている新聞記事に目がとまりました。


【平成23年3月11日、東日本大震災発生。その後、「今回と同規模の津波の

痕跡がありました」とのニュースが流れた。あの巨大地震の後で流れたニュース・・・・】


=三陸沿岸をのみこんだ記録や痕跡があった=


その記録が声高に叫ばれていたなら・・・・・。


「悔しいです。」


「その思いを同じくする方達が集まって、陸前高田市津波到達点上に

桜を植樹し、震災を後世に伝えよう」


それは、陸前高田市の青年団体を中心とした方達が集まって、津波が到達した地点に沿って

10メートル間隔で桜の苗木を植えて、その桜並木より上に避難していくように伝承していく。


次の時代がこの悔しさを繰り返すことがないよいように桜の木でつなぎ、

後世に伝え残したいという記事でした。


全長173キロ、約1万3000本も連なる桜並木への取り組みを続けていかれる方々。


地震発生の前年に、私は福島から宮城まで大好きなさくら前線を追いかけて行きましたが

翌年の未曽有の大震災発生は心が萎えて、自宅に閉じこもる日々を過ごしていました。


けれども、自らも被災された方々が「同じ苦しみを後世に残さないように」と

立ち上がっていらっしゃる方々の遠大な活動を新聞の記事で知った時に

桜の苗木購入の義援金を私も、と思うようになりました。


昨年、桜ライン・プロジェクトの方から頂いたお便りをご紹介させて頂きます。


ゴールとしている約17000本までの長い道のりの中で、ご縁を頂けた事に感謝しています。

この桜ライン311が皆様と陸前高田市との懸け橋になれるよう、引き続き活動を

していきますので宜しくお願い致します。

                                         ・・・・・・・・・・・・・・

今もなお、陸前高田市で活動を続けていらっしゃるプロジェクトへ、私はささやかでも

支援を続けていきたいと思っています。


そして又、この活動の輪が日本中に広がって、大空の懸け橋が桜の花びらで

埋め尽くされますようにと心から願っております。

                                               ―さくらよりー


* 現在も続けていらっしゃる皆様の近況は、桜ライン311 (←クリック)でご覧になれます。



















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