Welcome to my blog

言葉の花びら

ARTICLE PAGE

父の旅立ちの日

   「子育ては人生の華(花)だった」

   その思いを私たちに伝え残して、父は黄泉の国(夜見の国)へ旅立ちました。


父の告別式は、12月29日(土曜日)12時から行われました。


父は常にお洒落でしたから、私が若い頃に素顔で過ごしていると

「どうしてお化粧をしないの?あんたは若いのだからお化粧をしなさいね」


「お金が無いのだったら上げるから」と言って父は常に娘を甘やかしていましたo(^▽^)o


そんな父は私に限らず、いつも周囲の方達を優しく包み込んでいました。


★★ 

その父が29日に”天寿を全うして”旅立って行きました。


享年、100歳と3か月。


100歳の旅立ち、と言うより100年間(一世紀)生きた人の旅立ち・・・。

そう思うと父の人生は気の遠くなるような長い人生だったと思います。


私は施設で父の容体が悪くなってきた最期のお別れの時に、立ち会うことができました。

心の準備ができていたはずなのに、それは本当に切ないものでした


私と姉は、その直後から葬儀屋さんに段取りを教えて頂く事などで三日間、通いました。


今回の父の葬儀を担当して下さった方(男性)には、

どんなに感謝しても感謝しきれない思いを、姉も私も抱いてきました。


そこは、父の容体が悪くなり始めた頃から、いくつかの葬儀屋さんを回ってみたうえで

決めてあった所でした。


昨日、葬儀屋さんへ支払いのために私達は伺いました。


私が一足早く、担当して下さった方とテーブルの前に向かい合っていたので、

「あの~、私にも名刺を頂けませんか?」とお願いしました。


「いいですよ」とおっしゃって、男性が、サッと胸元から取り出して下さる時に

「頂く名刺は、私の時にお願いしたいと思っていますから」(笑)


私がそう言った瞬間に、その方は名刺を引っ付込めてしまったのです(>_<)


★★
父はお洒落だったので「ネクタイを旅立ちの時に棺に入れてあげたい」と担当の方に

伺ってみたところ「いいのですよ」と答えて下さいました。


私は嬉しくて「それでは新調したワイシャツ、そしてベストは?」と聞いてしまいました。


私が何を聞いても穏やかに、そして同じ答えを頂く事ができました。


他の葬儀社で伺ったところ、折り紙は駄目と言われたのですが、

私は父に教えてもらった折り紙のボートと鶴を沢山、折って入れてあげたいのですが~?」


そう伺うと「ええ、勿論いいのですよ。本当に、ご自分の思う存分のお気持ちを、

お父様にして差し上げて下さいね」と言う答えを頂きました。


それは全てに於いて、親切で優しいお返事しか返ってきませんでした!!


                
               言葉の花びら

               (父から教えてもらったボートと鶴です)


父の容体が悪くなってきた頃から、私は心の中で沢山の準備を考え続けていました。


私が作ったお汁粉が大好きだったので、餡子にして入れてあげたい。

父が生きがいを持って、取り組んでいた時の幾つかの翻訳したもの。


向こうでも取り組んでもらえるように英和辞書。


私の子供達や孫にも伝承した、父が教えてくれた折り紙のボート類。


「おじいちゃんには沢山の事を教えてもらったね」と言う子ども達からのメッセージ・・・。


私の孫からは、お絵かきしたものや、お手紙、そして折り紙の数々。

それから、父が愛用していた紙幣入れには100億円札(*_*)と、300億円札を(^-^)/


亡くなる頃に「一本でもいいから吸いたい」そう言っていた煙草のピースとマイルドセブン。


曾孫が折り紙で作った12本入りの煙草


                言葉の花びら

施設で時折、キーボドで演奏していた父のために、曾孫が折り紙で作ったキーボード等など。


★★

長女から「お母さんは、最期のお別れの時に泣かない?」と聞かれた、と言うか、

「泣かないでね」と言われたような気がしました。


私は「泣かないわよ」と答えたのですが、棺に思い出の品を納めているうちに、

「おじいちゃん、もう一度でいいから起きて私を抱きしめて」そう言った途端に、

涙が溢れてきてしまいました。


★★ 

葬儀は兄が喪主となって、家族葬で行われました。


身内だけで行われた、本当に温かな葬儀であったと思います。


=子育ては人生の華(花)だった=


それは、私が三人の子育てに追われてる姿をみて、父が述懐した言葉・・・。


父は早逝した私達の母親代わりとなって、必死になって子育てをしてきたと、良く話していました。


そして、自分の人生を振り返ると子育てをしていた頃が一番懐かしい。

そう~、=子育ては人生の華(花)だった=と述懐していた父でした。


子育てをしていた頃が自分にとって、一番輝いていたと言う父の思い!!


私や姉、兄は、慈しみ深い父親に育てられて、本当に幸せだったと思っています。


私は長女が第一子を出産した時に、

=子育ては人生の華(花)だった=という父の言葉を

代々の家宝として伝え残していってね、というメッセージカードを贈りました。


★★

「いつの日にか私もおじいちゃんの元へ行きます。

その時はもう一度私を抱きしめて下さいね、おじいちゃん」


私は最期のお別れの時に、万感の思いを込めて感謝の祈りを捧げました。


おじいちゃん、長いあいだ私達に温かなまなざしを降り注いできて下さってありがとう!!


                                            ☆★☆★☆★☆











0 Comments

Leave a comment