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言葉の花びら

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12月・次女と私の誕生日の間に

12月23日。

私は施設でお世話になっている父のもとへ夕方、会いに行きました。


この日、日中付き添っていた姉が、私を見るなり

「今日のおじいちゃんは、今までに見たこともないほど体調が良かったみたいよ」

そう言って、とても喜んでいました。


最近、食欲が極端に少なくなってきている父が・・・?


その上、眠っている事が多くなってきて、話している言葉が聞き取れなくなってきたのに?


殆ど視力を失ってしまったおじいちゃんが、介護士さんの姿を見つけては挨拶を・・・・?


この日は、扉の向こうに介護士さんの姿が見えると!?、室内に手招きして握手を求めたり、

両手を合わせて「あ・り・が・と・う・」と笑顔を向けて挨拶していたそうです。


けれども父はその日の夜から、とても容体が悪くなってきました。


夕方は37度5分でしたが、どんどん体温が上がり始めて、夜間は9度5分まで

上がってしまったので、姉と私と交代で深夜も付き添うことになりました。


この夜は、姉が付き添っていましたが、深夜に夫と私と娘と三人で

施設へ行って見た時には、苦しそうに喘いでいるばかりでした。


この2週間位前から食欲が殆どなくなっていたので、熱は父の体力を奪っていくに違いない。


施設の方々に握手を求めたり、両手を合わせて「あ・り・が・と・う・」と言っていた父。

私は父のその時の姿を思った時、ふと「死に花が咲く」そんな言葉が浮かんできました。


姉が付き添っていた夜は、夜通し苦しそうに喘いでいましたが、

翌朝になると熱は7度台に下がってきたそうです。


私は朝、姉と交代して日中は父の枕元にいました。

夕方、いったん家に帰り、夕食の準備などを済ませてから、私が泊まりに行きました。


いつもなら「私が分かる?」と聞くと、握手の手を差し出してくれたり、

頷いてくれるのですが、父からの反応は無くなってしまいました。


深夜、父の喉の奥のゴロゴロという痰が絡んだような音が、室内に響き渡っていたので、

私は不安で横になることができませんでしたが、明け方頃に私は少し身体を休めようと

思いました。


冷えてきた室内で椅子に腰かけて自分の体をくるみ、目をつぶろうと思ったいたら、

父のゴロゴロという音が弱くなっていることに気付きました。


様子がおかしい?そう思った私は、夜勤の介護士さんに声を掛けました。


この日より二週間ぐらい前に、病院の先生と私達姉兄妹と、施設長を交えて

父が万が一の時の”延命措置の確認”を話し合っていました。


父は自分の体を動かすことが出来なくなってからは「もう、生きているのは嫌だ」

そう言い続けていました。


父の哀しくも切ない思い・・・・。


とうとう、その日がきたのです。


私は少しづつ呼吸が弱くなっていく父の手を握りしめました。


「おじいちゃん、おじいちゃん・・・・・・」私はそう言って、父の顔を抱きしめました。


ああ、もう駄目かも知れない・・・。


「おじいちゃん、長い間、私や子供達をほんとうにやさしく可愛がってくれて、ありがとう。」


「お願い、おじいちゃん、もう一度目をあけて」私はそう言って涙にくれている中で、

はっと我に返りました。


父のことでは、ここまで誰よりも頑張ってきたお姉さんを呼ばなくては、と思ったのです。


午前5時45分、父の呼吸が止まりそうな中で姉に電話しました。

そして自宅にも電話を入れました。


施設の近くに住んでいる姉が、そして夫と次女も6時少し回った頃に到着しました。


施設から病院へ連絡して頂いて、先生も病院から駆け付けて下さいました。


父の顔色は白くなり始めてきましたが、体はいつまでも温もりが残る中で

父の瞳孔を見て下さった先生から「6時25分・ご臨終です」と告げられました。


”父は楽になったのだから”自分にそう言って聞かせてみたのですが、

私も、皆も涙が溢れてくるばかりでした。


娘の誕生日は24日。

私の誕生日は27日。


父は9月25日生まれですが、自分の誕生日と同じ日、25日に、安らかな眠りにつきました。


もう一度、歩けるようになりたい。聞こえるように、見えるようになりたい・・・。

父は幾つもの辛さから解き放たれたのです。


                                         *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



父が亡くなるまでの数日間は、いつも美しいお月様が輝いていました。

お月様は昼も淡く優しく浮かんでいました。


三日月から上弦の月、そして満月へと移ろっていくお月様は、冷たい空気の中で

いつになく、美しく輝いていました。


「お月様、とうとう、おじいちゃんは旅立つことになりました。

どうか、やさしい光でおじいちゃんの旅立ちをいざなって下さるようお願いします」


私は両手を合わせてその思いを、お月様に語りかけて、そして祈りました。


                                          *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆














2 Comments

汐音  

1. ご苦労様でした


さくらさん

どんなに悔いのない看護・介護をしたと思っても、
やはり、「ああしてあげればよかった」とか「こうしていれば・・・」
と思ってしまいます。

でも、ありがとうの意思を賢明に伝えたお父さま、
そしてその言葉を言わしめたさくらさん。

お父さまは幸せだったと思います。

私の見たさくらの花はきっと
お父さまがさくらさんのために咲かせて下ったと
信じています。


2012/12/28 (Fri) 02:57 | EDIT | REPLY |   

さくら  

2. Re:ありがとう汐音さん

>汐音さん

人は何故生きるか・・・・。
いつものことながら、私はそこへ思いが
膨らんでいってしまいます・・・。

父がいつ、どんな時でも言う
「ありがとう」は日常の生活の中にあっても
とても心地よく私の心に響いていました。

父は本当に周囲の方から大切にされてきて
そして、慕われてきました。

私はどうあっても父のようになれませんが、
そんな父親と過ごすことができたことは
ほんとうに幸せだったと思います。

私は上の二人とは異母姉兄妹の間柄です。
いずれの母親も早逝しました。

子煩悩だった父は、母親代わりとなって
余りあるほどの愛情を私達に注いでくれて、
そして、人を大切にすることを教えてくれました。

父が生前に会いたがっていたお母さん、
戦地で倒れて放置されたままの叔父さん。
そして、姉と兄の母親、私の母親。

そして今は、誰一人として居ない、
父と親交があった方々に、
父は会いに行くことになります。

                     ☆☆☆

汐音さんは、まるで私の父と私のために
お出掛けすることになり、この寒空の下で
夢のようなさくらを見つけて下さったような
気がしました。

その時の汐音さんの思い、姿を思うと
胸がいっぱいになります。

汐音さん、ほんとうに、ほんとうに
ありがとうございました!!

私も父のように周囲の方々を大切にして
過ごしていきます。



2012/12/28 (Fri) 09:31 | EDIT | REPLY |   

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