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言葉の花びら

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=祈り= <2>

      沖縄県は23日、沖縄戦の全戦没者を悼む「慰霊の日」を迎えました。



第二次世界大戦終焉の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園では

県などの主催で、この23日には「沖縄全戦没者追悼式」が行われていました


この日の式典には、およそ5500人が参列。


沖縄戦の犠牲者や沖縄出身の戦没者の方々の名前を刻んだ「平和の礎」には

今年、新たに36人が刻銘されて、総数は24万1167人になったそうです。

                    

                                    *朝日新聞記事参照*


戦争の悲劇を知る<2>

 

☆☆ 沖縄戦跡国定公園 ☆☆ 糸満市


第二次世界大戦終焉の地、南部一帯は沖縄戦跡国定公園に指定されています。


県内300余の慰霊塔や納骨堂のうち、およそ3分の1がこの地区に集中していて

伊原、米須、摩文仁ノ丘にかけて戦跡めぐりコースになっています。


従軍看護師として非業の死を遂げたひめゆり部は(沖縄師範学校女子部、

県立第一高等女学校から編成された)多くの人々に知れ渡っていますが

他の5つの女学校も学徒隊員となり、短い生涯を終えています。


又、男子も鉄血勤皇隊として中学校から駆り出され、多数の生徒と職員が

帰らぬ人となりました。


私はひめゆりの塔、平和記念資料館、沖縄平和祈念堂、摩文仁ノ丘を訪れましたが

ここに、ひめゆり部隊の一部をお伝えいたします。



言葉の花びら

花束があふれて、ひめゆりの塔


第3地下壕跡に祀ってあるひめゆりの塔は、色鮮やかな千羽鶴や花束が

山のように捧げられていて、訪れる人々は後を絶ちません。


負傷兵の膿とうじにまみれた包帯の交換、汚物の処理、爆弾をくぐって食糧探し。


さらに、死体の埋葬までの過酷な労働を強いられた日々。


そして第3外科壕脱出直前にガス弾攻撃を受けて最期を遂げてしまった方達。

その生涯は17、8才という余りにも短い中で閉じてしまうことになりました。



 いわまくら/かたくもあらん/やすらかに/眠れぞといのる/まなびのともは



                   引率教官、中曽根政善先生による歌が16名の職員と

                   197名の生徒の御霊に捧げられていました。



沖縄を思い描く時は、テレビで映し出されるような美しい空と海ですが

私が訪れた年末から年始の間は、鉛色の雲が切れる事はありませんでした。


けれども私は素晴らしい真心を沖縄の方達から頂いて帰って来ることになりました。


優しくて、温かくて、明るくていらっしゃって私は沢山の思い出を頂きました。


何故に沖縄の方々は、穏やかでいらっしゃるのでしょう・・・。


それは太平洋戦争で唯一地上戦が行われた沖縄で、無残に死に絶えて

いかれた方々の無念さをしっかりと心にとめていらっしゃる。


平和で暮らすことがどれ程大切な事であるかを、全ての方々が

共有していらっしゃるからではないでしょうか。



言葉の花びら-祈り
☆☆
 祈り・・・


   全ての戦争の廃絶を。


   子供達の明日が笑顔でいられますように。


   世界中が平和でありますように・・・ ☆☆☆☆☆




                                



              



                              

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