FC2ブログ

Welcome to my blog

言葉の花びら

ARTICLE PAGE

父はいつもそこに☆☆

次女のお店の午後6時以降(クローズしてから)の片づけと、翌日の仕込の片づけ等の
手伝いが終わってお店を出ると、閑静な住宅街の裏通りには街灯が少なく、家々の灯り
の多くが消える頃なので、美しい月明かりを仰ぎ見ることができます☆


夕闇迫るころ
   ~満月を迎える頃の朝は、車でお店に向かう時に真正面に見える富士山は、未だほんのり
    雪化粧していました~

この日は、満月の夜でした!!!!

私は、我が子が幼かった頃はお月さまが見える日は、いつも月の夜の詩を幼子に語りかけて
いましたが、今は次女が「お母さん、お月さまが!!」と感嘆の声を上げながら、見入るようになり
ました

「ねえ~、とこちゃん☆ 心配性のおじいちゃんの声が聞こえてくるような気がしない?
『どうして・とこちゃんたちはそんなにも大変な思いをしながら、お店を続けていきたいと思って
いるのかな~?』って・・・☆

きっと…、おじいちゃんの本心は、可愛がっていたとこちゃんたちを応援するよりも、お母さんの
ことを心配し続けているような気がする☆」


2.jpg

                ~ 父を・想う ~

 父は、先の母親(妻)が一歳半の子と新生児を残して産褥熱で他界されてしまったのに、
嘆き悲しんでいることもできず、とに角 二人の子供を育てていかなければいけなかったので、
新生児だった子を一年間病院で預かってもらい、当時は独身だった父の妹・義妹弟たちが上京
して一歳半の子を見てもらいながら、(手助けしてもらって)働いていたそうです☆

父の許へ・・・

数年後に、父とは親戚すじだった私の母が、子どもが大好きだっので父の許へ嫁いでいき、姉た
ちをとても可愛がっていたそうですが、私が産まれて二歳になった時に他界してしまってからの、
それからの父の過酷な道のりを思うと、私は今でも胸が絞めつけられるような気持ちになります☆

母乳で育てられていた私は、母乳を欲しがって泣きじゃくるので、父はいつも背中にくっつけて
(おんぶ)していたので、自分の身体の一部分だったと聞かされてきました☆

父は三人の子供たちを育てながら、天を仰ぎ、月の美しい夜はいつもそこに、短かったけれど、
子どもたちを愛おしんで育てていた二人の母親の姿を求めていたという、切ない父の姿が思い
浮かんできます☆☆☆

 一年と八カ月、施設でお世話になっていた父のもとへ姉と私が日参していましたが、亡くなる
ニか月前ぐらいから僅かな会話はできていたけれど、両目が見えなくなっていましたが…

「おじいちゃん、帰るね!! また明日来るね☆」と言うと、寂しそうに黙って握手の手を求めな
がら、『今日は、どんな月が出ているのかな?』と訪ねる父の心の中には、私が月に想いを寄せ
る以上の、お月さまに求めるものがたくさんあったような気がします 






= 訪ねて来て下さる皆様に心から感謝してお礼を申し上げます☆  ありがとうございます☆