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言葉の花びら

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「子育ては人生の華(花)だった」と・・☆

= 異母姉弟と、私と = の、結びです<(_ _)>

姉は結婚して間もなく継母を自宅に呼んで「妹を可愛がってほしい。
もしものことがあったら、私が承知しないからね!」と言ってくれたそうで、その話は暫く時が
経った頃に自宅に私を呼んで、話してくれました!!

兄は産褥熱で亡くなってしまった母親に一度も抱かれたことがなかったけれど、姉と一緒に父を
困らせることなくついていき、コツコツ勉強していたその先に辿り着いたのは、安定した企業に
就職できただけでなく,、それ以上に、兄はとても優しいお嫁さんと出会えて、その上にお嫁さん
のご両親・弟さん・御親戚の方からも真の家族のように迎え入れて頂いた、兄が辿り着いた道☆

「実のお母さんに会えたようで幸せだからね☆☆」と… 私に会うたびに話してくれる兄の笑顔が
今も懐かしく温かく、思い浮かんできます☆

みどりと
 
           大好きな シャボン玉を 載せました

私は年明けに名古屋の兄夫婦と電話で一年のご無沙汰を埋める話しをしています☆

今年は私自身の近況報告から始めると、私が全部話し終わる前に義姉は思いがけない話をして
下さったのです!! 
それは…兄と私が過ごしていた頃の遠い昔に遡った話で、私があまりにも実像からかけ離れた
優等生(良い子の意味)のように見えていたらしくて、兄はそのことに触れて、ずっと優しい
思いを抱き続けていてくれたことを知りました!!

「それは大きな間違いよ!!!! 私はお兄さんが思うような妹ではなかったのよ」と、私がどれ
ほど否定し続けようとも~

「そうじゃないのよ☆ ひろさんは私と結婚した頃、毎日のように同じ話をしていたのよ☆
妹は色いろな事にいつも一生懸命に向き合っていたから、何としても妹の力になってあげたいと
思っていたのに自分のことで精いっぱいで、力になれなかったことがとても悔やまれる☆」と…。


・・・いつまでも
      
      北軽井沢で 幼子のようにシャボン玉吹いて 遊んだ日の 懐かしく

私は兄と喧嘩ばかりしていて、父から叱られるのはいつも兄だったのに…

姉が嫁いで行ってしまってからは、何かと妹の私に相談を持ちかけるようになっていたけれど~
結婚して遠くへ行ってしまった兄が、そんなにも優しい思いを抱き続けていてくれたなんて…

私は受話器を持った手が震えるほど涙が零れてきて、聞いているだけで精いっぱいでした!!


新緑の頃
    
       さくらの花の影を 緑の風が 跡形もなく 押し流してしまいました

姉と兄の母親が亡くなったあと、私の母が嫁いで行くまでは、まだ独身でいらっしゃった
叔父さんと叔母さんが父の家に来てくれて、二人を可愛がっていてくれたそうです☆

そして私は、父が辛い思い出を断ち切るためだったのでしょうか、東京へ出て行く決心して、
雨が降っていた夕暮れ時に六歳だった私を連れて、私の母方の親戚へお別れの挨拶に行った
日に、二人が交わしていた言葉は思い出せないけれど、外の雨降りの音に入り混じっていて
とても暗かったことを覚えています☆

その時以来、住まいを転々としていたこともあって、消息を断ってしまった父と子供たちの
その後を心配し続けていて下さった母方のきょうだいが、東京へ行って父と幼かった子供
たちが、どうしているのか?私はどうしているのか?探してきてほしいと言われた従兄弟が
引っ越しを重ねてきたのに、その当時住んでいた小さな貧しい家に辿り着いてくれたのです☆

「九州のみんなが心配していたよ☆ 一度でいいから会いにおいで☆ 待ってるからね☆」
二人の言葉を聞いた私は、それまで一度たりとも父から離れたことがなかったのに、母に会え
るような気がして夜行列車に乗っ行く時に、見送りに来てくれた時の父の寂しそうな顔が今も
哀しく思い浮かんできます☆


流れる雲は


コトコトと、夜汽車に揺られながら~ 私を探し続けて下さった母方のきょうだいに、今すぐ
会ってみたいと思う気持ちと~
「お父さん、私はお父さんのところに帰ってくるからね☆」と思う気持ちが交差していました!!

私を出迎えて下さった久留米の伯母は「こんなにも大きくなって~☆ あなたのお父さんは
大切に育てて下さったのですね☆」そう言って、ずっと泣き続けていらっしゃった伯母の姿は
私の記憶にない母に会えたような気がして、私も ずっと…ずっと…泣き続けていました☆

九州は十日間かけて母方の親戚の家を回って・いとこ会・を開いて頂きました☆☆☆

そして、父の生家と親戚の家にも回ってきました!!
後に、父方の従姉妹が東京の大学へ通うようになった時 私が子育てをしていた頃に住んで
いたアパートの隣の部屋で、一緒に食事したりして楽しい日々を過ごしました!!

                           

私は、長女が熱心に勧めてくれたブログを始めてから六年経ちました!!
大好きな・さくらの花・に心を寄せながら紡いでいく

  「子育ては人生の華(花)だった」と言った父の言葉。
       私も3人の我が子へ…そして孫へと伝え残したい。」・・父への想い☆

今回の=異母姉弟と、私と=のブログは、姉の骨折を取り上げていく中で話が長くなって
しまっただけでなく、父の子育てにまつわる話は度々 織り交ぜてきているので、心苦しく
思っています☆

ブログを立ち上げてから巡り会えた皆様に、そして 今日までの長い日々に亘り、あたたか
なコメントを寄せて下さる皆様に、私は感謝の気持ちでいっぱいです☆
 
 皆様ありがとうございます☆ そして、これからもどうぞ宜しくお願い致します<(_ _)> 







2 Comments

ふりかけ  

さくらさん
おはようございます
お義母様には辛い思いをさせられ続けてきましたが、
お互いを思いやることが素晴らしい兄弟がいて救われたことと思います。

お母様のご親戚の方々もとても心配されていたことと思いますが、いとこ会も開いてもらって良かったです。

お父様の
「子育ては人生の華だった」は深い言葉だと思います。
子育てしている時期は大変な思いをしながら夢中で育てていますが、過ぎてしまうとその時期が華のように思えるから不思議です。お父様の思いも次々に伝わってそれぞれの花が咲いていて天国からお父様も優しく見ていらっしゃることと思います。

ブログを始めてから6年ですか。おめでとうございます。ブログを通じてさくらさんに出会えて良かったです!これからも どうかよろしくお願いします。

2018/04/29 (Sun) 08:20 | EDIT | REPLY |   

さくら  

ふりかけさん、今晩は☆

ふりかけさんと巡り会えたのは、私がブログを開設した年の
秋ぐらいだったでしょうか~?
以来、いつもコメントを寄せて下さるふりかけさんに、私は感謝の
気持ちでいっぱいです☆

~ 心からお礼を申し上げます☆ ありがとうございます☆☆☆~

父が「子育ては人生の華(花)だった」そう言ってくれたのは、
私の子育てが始まった頃に忙しなく赤ちゃんのオムツなどを
たたんでんでいる姿を見ている時に言ってくれた言葉です☆
(過去記事にも、何回か載せてしまいました・・が。)

子どもを愛すること~☆ 大切に守り育てていくこと~☆
 
それは掛け替えのない貴重な<時>がそこにあって、流れていくのだと
父が教えて(伝え残して)くれたような気がします☆

=姉弟と私と=の話はとても長くなってしまったのに
ふりかけさんは、一つ一つにコメントを寄せて下さって、
ありがとうございました☆☆☆

ふりかけさん、お体を大切になさってくださいね☆
そして、これからもどうぞ宜しくお願い致します<(_ _)>









2018/04/30 (Mon) 00:37 | EDIT | REPLY |   

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