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言葉の花びら

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異母姉弟と、私と<2>

姉が一歳七か月の時に姉の母親は、二人目を出産後に新生児を残して産褥熱で亡くなっ
てしまったそうです。
それから四年後に父と親戚筋だった私の母が嫁いだけれど、早逝してしまい、父の手元に
幼い子ども達三人が残されてしまった時、姉はまだ七歳だったけれど、その頃からいつも
父の心に寄り添い 生活の手助けをしていたそうです。

~ 父が子ども服を作る!! ~ 生地の上に洋服を載せてその周りを裁断し、手縫いしていく
のを姉は真似て、時折 弟と私に作って着せてくれていたそうです。 
その作り方は今でも続けていて、今風の個性的でお洒落な装いをしています!!

椿

~姉が母親になる時☆~ 父は産褥熱の恐怖に慄き…いてもたってもいられなかった!!
私は、父の気持ちが痛いほど分かるだけでなく、自分自身も心配性だったので、仕事帰
りはできる限り姉の家に寄るようにしてその日を待ちました!!

☆男の子の赤ちゃん、無事に誕生☆ 父にとって初めての孫の誕生は、誰もが笑顔にな
る幸せの時でした!! ~赤ちゃんが日に日に愛らしく育っていく中で~

暫くして、私の手助けが必要でなくなった頃にその後の様子が気になって、姉に電話して
みると「実は…私、大やけどしてしまったの」と聞いたので、翌日に行ってみると、右足
首まで包帯を巻いていて・・ビニール袋で覆っていました\(◎o◎)/!

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大やけどは、それでも本当に運が良かったのだと思います。借家の火事を免れたのです
から~。

家主さんが用事で見えた時、廊下に出た姉は台所に煙が天井まで広がっていたのを見て
天ぷらを揚げた後に火を消し忘れていたことに気づき、慌てて鍋を下ろそうとした瞬間、
その熱さに堪えきれずに手を離してしまい、熱した油が一番大きく広がった中に、片足を
踏み入れてしまったそうです!!

病院へ運ばれた時、片足だけとは言え「骨に達するほどの火傷なので入院するように」と
言われたけれど「幼い子供がいるので…」と断って、姉は自宅でし続けなければいけない
処置の仕方を教えてもらって、毎日不自由に過ごしていたそうです。

「あまりにひどい火傷なので、見てはいけないですよ。」と、先生に言われたけれど~
自分で処置しているので、むごたらしい火傷と向き合って・・・。

クレマチス

ー そして、今から7年ぐらい前の出来事は ー
「変わりない?」と電話した時・・「もう既に治っていることだけれどね(^_^)」と、私が
全く知らなかった間の出来事を話してくれたのは~!!!!

姉は友人と富士山へ行った時に躓いて転んで(転がって?)肩を強く打ち、二か所骨折した
そうです!!

その時、激痛で蹲っているところへ救護の方が来てくださって「肩の骨が折れているかも知れ
ません。ヘリコプターを要請して病院へ搬送してもらいましょう!」と言われたのに「大丈夫
です!!私は自分で帰ります!!」と言って断ってしまい、友人に荷物を持って頂き、川崎の家まで
ついて来てもらったそうです。(電車なのか?聞き忘れてしまいましたが)

「帰り着くまでの激痛は耐え難いものだったけれどね!!」と電話口で話す言葉を聞いているだけ
でもゾクゾクと、痛みが伝わってくる話が続きました。

帰りついて、近所のかかりつけの整形外科で診て頂くと「肩の骨が骨折していることと、その
周りの神経が集中しているところの骨が複雑骨折しているので、紹介状を渡しますから大きい
病院で手術してもらってください」と言われたそうです。

病院の先生は、整形外科の先生の見立てと同じだっただけでなく「肩の周辺は神経が密集して
いるところなので、そこの手術はとても難しく後遺症が残るかもしれません。」と言わて、姉は
手術をしない選択をして家の近くの先生のところで固定してもらって、不自由な生活をしていた
そうです。

転んだ時から続いていた激痛は言葉にできないほどで、人が通るときに起こる微かな風でさえ
痛く、それがとても長く感じられた」と、受話器の向こうで話していました。

  誰もが想像できないような姉の強靭な精神は、繊細な父が授けてくれたとは思えません!!
   それは、父が頑張っていく姿を見ているうちに備わってきたのでしょうか~?
   私は、姉が一大事のたびにその答えを おろおろと探し求めてしまいます 






~ 訪ねて来て下さる皆様に、私はいつも心から感謝しています☆有り難うございます☆ ~