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言葉の花びら

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ピョンチャン・パラリンピックの後に心に残る思い

ピョンチャンで開催された感動のオリンピックと、パラリンピックが閉会してからの時が
とても早く流れてきましたが、今も思い浮かんでくることがあります。

パラリンピックは、2000年のシドニーオリンピックが開催された年に IOCとIPCとの
間で【オリンピック開催都市で続けてパラリンピック競技を行なう】という正式な協定が
結ばれたそうです。

9やさしい春


 今年、平昌パラリンピックに出場されたオクサナ・マスターズさんは、1986年に起きた
チェルノブイリ原発事故の影響による先天性異常により、両脚を切断されただけでなく、両手も
数回形成手術されたそうです。

幼少期を孤児院で過ごしていらっしゃったたオクサナ・マスターズさんは、後に米国の御夫婦に
育てられて、女子クロスカントリースキーの代表となり、1,1キロ座位で見事に金メダルに輝
いた方で、2012年のロンドンパラリンピックでもメダルを受賞されたそうです。

「幼い頃に苦しんでいた時間と、そこで経験したすべてのことを前向きな気持に変えることがで
きて、多くの競技に打ちこめるようになった今は本当にハッピー 」と、仰ったそうです。


2ボケ


 ジョージア初の冬季パラリンピック選手テムリ・ダディアニ(26歳)さんは、ピョン
チャン・ノルディックスキー距離男子座位の15キロに出場された時、競技中にスキー板が
壊れて途中棄権になってしまった、その時を私もテレビで観ていました。

テムリ・ダディアニさんは、多国籍の国際治安支援部隊(ISAF)の任務中だった2011
年8月に、兵士として派遣されたアフガニスタン砂漠地帯で武装勢力の拠点を見つけ、そこに
足を踏み入れた瞬間に触れてしまった地雷の爆発で両足を失ってしまったそうです。

「将来のことを考えられなかった。病院で20歳の誕生日を迎え、目覚めた時に全てを悟った☆
派遣先では多くの仲間がけがを負い、命を落とした友人もいる」と・・。

米国でリハビリを始めていく中で、周囲の兵士が懸命に取り組む姿に心打たれていた頃に、パラ
リンピック組織の関係者に声を掛けられて、始めたスキーで挑戦されたテムリ・ダディアニさんが
途中棄権になってしまった、ご無念さを思います。


夕日


 オリンピック閉幕した翌日に、シリアの幼い子供達が爆撃に怯えながら救いを求めて
いる悲痛な姿がテレビで繰り返し流れていました。

絶えることのない戦争と・・平和の祭典のオリンピックックと・パラリンピックと・・
今も残る地雷の除去活動に携わっていらっしゃる方々への思いと・・。

東日本大震災による福島の原発事故から7年経った今も、大切で懐かしい故郷に戻れない
方々の姿が、平和の祭典の後で繰り返し思い浮かんできます☆





 ~ 訪ねて来て下さる皆様に、いつも心から感謝しています☆有り難うございます☆ ~







2 Comments

ふりかけ  

おはようございます
さくらさん
様々な困難に打ち勝って競技する姿に心打たれます。
知らなかった事が多かったので、ブログを拝見して知ることができて嬉しいです。ありがとうございます。

絶え間ない争い事もいつまで続くのでしょうね。沢山の尊い犠牲に反省したはずなのになくならない事に人類の悲しさを感じます。
たった一度の生を大切にしてほしいと思います。

2018/04/01 (Sun) 09:17 | EDIT | REPLY |   

さくら  

Re: タイトルなし

ふりかけさん、こんにちは❀

いつもコメントを寄せて下さって有り難うございます☆
私は心から感謝しています☆

パラリンピックに出場される方々は、御病気や交通事故などに
遭われた方々が、多くの試練や困難を乗り越えてこられて
パラリンピックや、様々な舞台で活躍していらっしゃるのですが、
チェルノイブルの原発事故・その後遺症が後々まで続いていている
ことを、知って・・・。

国連平和維持活動に参加された方が地雷除去の任務を負わされた?
方が、現地で直ぐに地雷を踏んでしまった、って・・
本当に痛ましいですよね。

御病気に打ち克つことも、原発事故の後遺症に苦しんでいらっしゃる
方々も、心は負けない!!!!その強さに、私は心打たれてしまいました☆

私は何をしていきているのかな~と、今も心が沈んでいます(>_<)

ご多忙でいらっしゃるふりかけさん、お身体を大切になさって下さいね(*^_^*)

2018/04/01 (Sun) 16:43 | EDIT | REPLY |   

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