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言葉の花びら

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東日本大震災発生☆7年の歳月から☆

 ☆☆ 私も忘れません ☆☆

東日本大震災が発生した3月11日は、パートの出勤日でした。
神奈川にいても、避難で外へでると”大船に乗り揺さぶられている”のような激しい揺れを感じて、
二度目も激しい揺れが起こったので、仕事を切り上げて直ぐに帰宅するようにと指示があった時
には、電車は不通になっていると聞きました。

携帯は繋がらなくなり、家族の安否が分からないまま、同じ方向に帰る方と三人で「国道246」
に添って都心に向かって歩き続けました。

途轍もない激しい揺れの地震はどこで発生したのか? それは関東地方だったのか? 家族はどこに
いるのか・・無事なのか?と、思いながら~。

                                      

私が小学生の頃は東京に住んでいましたが、学校の授業の中で、明治29年に釜石東方沖を震源地
とするマグニチュード7.6の地震の発生で、1万8000人以上の方々が津浪で亡くなられた(ネット検索して載せました)時の話しだったのか・・

昭和8年 三陸沖地震発生による津波で、大勢の方が亡くなられた時の記録であったのか、覚えていないのですが「地震=津浪がくる=直ぐに高台に向かって逃げなければいけない」と、先生が児童の頭に叩きこんで下さった時の、話しが石ころのように固まっていた記憶が、歩いているうちに蘇ってきました。

                                  

「国道246」は、停電のため車が帯状に繋がって動かなくて…人が行き交う歩道は埋め尽く
されている中、私たちが陸橋を渡る時、上りきったところで手を伸ばせば届きそうなところで
ソメイヨシノのさくらの花が小さな雪洞のような形して三分ぐらい咲いているのを見ました☆
 
冷たい風に揺れる花の・・振り返れば、澄んだ美しい上弦の月も見えて~
    (この時の情景が、後に哀しさをもって 折に触れて思い浮かんできます)

2時間ぐらい歩き続けた頃に、やっと次女からのメールを見ることができました!!
「お母さん、今どこにいるの?こっちは、みんな無事だから!地震は東北地方で発生して、大変な
ことになっている」と。

家に帰り着いて部屋で蠟燭を灯し、電気が復旧するのを待ちました。
テレビが点いて目に入ったのは東日本で発生した巨大地震と、言葉を失う巨大津波の悲惨な状況
でした。

小さな町の小さな家に辿り着くことができた私の心には、東日本大震災発生で被災された方々が
過ごしてこられた7年の歳月への思いが、絶えず溢れ出てきます。








= 訪ねて来て下さる皆様に 私はいつも心から感謝しています☆ 有り難うございます☆ =